こんにちは、皆さん!

今回は僕がなぜ3ヶ国語話せるようになれたのかを生い立ちから紹介していこうと思います。


トピック


生い立ち

ストーリーを快活に進めていくためにまずは僕の生い立ちについて紹介したいと思います。

僕は日本の愛知県に生まれました。僕の両親は中国人です。

そのため、家での会話はほとんど中国語で行われました。


第1言語

両親が中国人であるため、小さい頃から僕は中国語を喋っていました。

ですので、第1言語は中国語でした。

物心つく前の話ですので、あまり詳しくは覚えていませんが、生まれてから2年くらいした頃には中国の叔母のところに住んでいました。この頃から中国の幼稚園に通うようになっていたので、より中国語ができるようになりました。


第2言語

ここが驚きかもしれませんが、実は僕が次に話すようになった第2言語は英語でした。

5歳ごろに母とカナダのバンクーバーに移住したのがきっかけでした。当時はまだ中国語しか喋れなかった僕でしたが、さすがは子供ですね、2年間滞在しただけで英語は問題なく喋っていました。

あまり覚えていないのですが、後から母からはそのころの母の英語の発音を訂正していたのは僕だったそうです。

この頃のことで一番覚えているのは当時の小学校で教室の中でレゴや砂場で遊んでいた頃でした。


第3言語

その後、やっと日本に帰ってきた僕は学校に通うために日本語を勉強し始める必要がありました。

みなさんはこんな経験ないと思うのですが、日本の小学校に来た時、たとえ、小学1年生とはいえ、日本語は「こんにちは」と自分の名前くらいしか喋れなかったので、普通の授業には参加せず、最初はALTの先生に英語で日本語を教えてもらっていました。

そんな日本語力でしたので、冬休みの算数の宿題も読んでいて何して欲しいのかわからず、印刷ミスで残った、ページの真ん中の十字を見て、これは問題文内の数字を足せばいいのかと解釈していたほどでした笑笑

とはいえ、まだ子供でしたので、1年後には普通に授業受けてても大丈夫なまでに日本語はよくなっていました。

その後もずっと日本にい続け、日本の普通中学に通い、高校試験を皆と同様に受け、高校に入りました。

中学に入るまでアルファベットすら見たことないという友達がいる中では英語には結構精通していた方だと思います。英語塾のAEONにも通っていましたが、発音が他の日本人の生徒より良いと言われ、おそらく小さい頃に培った英語の発音がどこかに残っているからかもねと言われました。

しかし、日本語を覚えるとともに英語を忘れ、家でも弟との会話が多く、結果的に中国語もしゃべらなくなり、この頃には流暢な日本語、片言の英語、聞いて理解できるが、喋れない中国語というような状況の3ヶ国語でした。


カナダ留学の影響

さあ、そんな感じであやふやになってきた日本語以外の2ヶ国語なのですが、ここからが挽回です。

小さい頃から親の勧めもあり、カナダに留学することが決まり、UBCのもう一つのキャンパス、オカナガンキャンパスがあるケロウナという町に来ました。

最初は英語力が足りなかったので、英語の補修クラスを取ることになりました。で、そのクラスの生徒の7割くらいが中国人という結末(少なくとも女子は日本人一人、後みんな中国人)。という感じで英語を基本的にはクラスの中では学んでいたのですが、日常生活ではこれらの中国人と頻繁に関わり、最初は片言だった中国語もだんだんと喋っていくうちに流暢になって行きました。

英語はその間も授業、友達との会話や買い物などでの日常生活で使っていたため、すぐに上達することができました。

1学期が終えようとした頃に中国人の彼女ができ、そこからは日常の大半を中国語で会話していました。彼女に下手くそな中国語を笑われながら、間違えたところはもう嘲笑われないようにしっかり覚えてというような形で乗り越えて行きました。

この頃に両親と電話した際には「あんた、本当にカナダに留学しに行ったんだよね?中国語の方が上手くなってないか?」と言われる結末でした(笑)。

二年生に上がってからはバンクーバーに移り住み、より多くの中国人に囲まれることになり、中国のライン、Wechatを頻繁に使うようになりました。最初は拼音を書く時、単語の発音はわかっていたが、どの漢字が正しいのかわからないという問題で苦労していました。ここはもう慣れですね。書いていくうちに自然とどの漢字が正しいのかわかってくるようになりました。日本語のおかげもありました。日本語ではなく、韓国語を勉強していたなら、漢字が難しくて仕方なかったでしょうけど、日本語には漢字があったのでその点、大きな苦労はしませんでした。


まとめ

今回は僕が日本語、英語、中国語の3ヶ国語を話すことができるようになった経緯について紹介させていただきました。

自慢でもありますが、なかなか真似できるような流れではないと思います(笑)。

とはいえ、UBCに来てみると、2ヶ国語以上話せる人があちこちにいるという世界をみると、とても怖く感じます。まだ3ヶ国語話せたので、比較的珍しい方には入れたのですが、高校の時に比べ、2ヶ国語以上できるという潜在力の偉大さが危うく感じられました。

まだまだ世界にはいろんなすごい人たちがいるということですね(笑)。

僕が3ヶ国語話せて得したことについてもまとめましたのでよかったら読んでみてください。


みなさんの役に立つことを願います!
では、また次回まで✌
記事更新はツイッターで告知するので、ツイッターの方でもフォローお願いします!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です